神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、
願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた、
偽りのない神が永遠の昔に約束された永遠のいのちの望みに基くのである。
まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、
父よ、あなたがわたしに賜わった人々が、わたしのいる所に一緒にいるようにして下さい。天地が造られる前からわたしを愛して下さって、わたしに賜わった栄光を、彼らに見させて下さい。
わたしたちは、御旨の欲するままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、神の民として選ばれたのである。
地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。
キリストは、天地が造られる前から、あらかじめ知られていたのであるが、この終りの時に至って、あなたがたのために現れたのである。
わたしは彼らのためにお願いします。わたしがお願いするのは、この世のためにではなく、あなたがわたしに賜わった者たちのためです。彼らはあなたのものなのです。
しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。
そこで、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たちよ。あなたがたは、わたしたちが告白する信仰の使者また大祭司なるイエスを、思いみるべきである。
罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである――
神がわたしたちを召されたのは、汚れたことをするためではなく、清くなるためである。
十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない。
あなたの見た獣は、昔はいたが、今はおらず、そして、やがて底知れぬ所から上ってきて、ついには滅びに至るものである。地に住む者のうち、世の初めからいのちの書に名をしるされていない者たちは、この獣が、昔はいたが今はおらず、やがて来るのを見て、驚きあやしむであろう。
わたしたちの主キリスト・イエスにあって実現された神の永遠の目的にそうものである。
なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。
わたしたちの救主なる神と、わたしたちの望みであるキリスト・イエスとの任命によるキリスト・イエスの使徒パウロから、
御旨の奥義を、自らあらかじめ定められた計画に従って、わたしたちに示して下さったのである。
神は、このあわれみの器として、またわたしたちをも、ユダヤ人の中からだけではなく、異邦人の中からも召されたのである。
そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。
彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。
世の初めからこれらの事を知らせておられる主が、 こう仰せになった』。
どうにかしてわたしの骨肉を奮起させ、彼らの幾人かを救おうと願っている。
神の賜物と召しとは、変えられることがない。
目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。
神の御旨により、キリスト・イエスにあるいのちの約束によって立てられたキリスト・イエスの使徒パウロから、